Real-time OS: 産業界における使用事例

by Canonical on 20 October 2025

リアルタイムOS:産業界における使用事例

精度と予測可能性が必須の市場ではタイミングがすべてです。工場でロボットアームの動きを協調させる、通信ネットワークのレイテンシを極めて高い信頼性で維持する、自動車のブレーキを即座に反応させる、といったシステムの成功は、厳しいタイミングの制約を満たせるかどうかにかかっています。

これに必要なのが、リアルタイムコンピューティング、つまり重要なタスクを、遅延や不確実性なしに、きっかり必要な時にオペレーティングシステム(OS)に実行させる技術です。現在、この分野ではリアルタイムLinuxの人気が高まっています。

ここではリアルタイムOSの基本を紹介するとともに、絶対的な信頼性と即時の反応が求められる業界において、それが必須とされる理由を説明します。次に、製造、通信、自動車業界におけるリアルタイムLinuxの用途を詳細に検討します。

リアルタイムLinuxは産業界に適している?

時間的な制約の厳しいタスクを高い精度と予測可能性で実行する能力は、タイミング制約を満たすことが全体的な成功を決めるシステムに欠かせません。リアルタイムOSは、イベントの発生と同時に反応するよう設計されています。つまり可能な限り反応時間を確定し、ジッタと遅延を最小限に抑えて重要なタスクを所定の時間内に完了させます。

ハードリアルタイムOS(RTOS)は、組み込みシステム、産業オートメーション、車載制御装置、医療機器、航空宇宙など、処理時間オーバーがシステム障害と見なされる分野の厳しいタイミング制約を満たすことに特化しています。RTOSでは、確実なタスクスケジューリング、詳細なリソース管理、予測可能な割り込み処理が可能です。多くのRTOS製品は、人命確保のために厳しいタイミング制約や信頼性が求められる環境で運用できるよう、厳しい適合性評価や認証に合格しています。

しかし多くのRTOSは特化され、用途が限られています。小さなフットプリント、固定された構成、用途を絞ったAPIは、一部の制御システムでは非常に効率的ですが、多様なソフトウェアスタックや複雑なネットワークを必要とする環境、あるいはユーザーが操作するアプリケーションには適しません。

一方、Linuxのエコシステムには、豊富な機能、成熟したサポート環境、高度なデバッグツール、幅広いハードウェア互換性があるため、仕様作成から量産まで開発時間を短縮できます。Linuxは従来、スケジューリングに確定性がなく、カーネルレイテンシにも制限がないため、リアルタイムワークロードに適さないとされてきました。しかしこのたび発表されたPREEMPT_RTパッチセットは、ほとんどのカーネルコードをプリエンプト可能にする、割り込み応答の速度を高める、優先度に応じたスケジューリングを実装するなどの対策により、ワーストケースのレイテンシを総合的に短縮します。Linux kernel v6.12以降、PREEMPT_RTはメインラインカーネルの一部として管理され、最新の安定版リアルタイムリリースは6.12-rtです。LinuxがPREEMPT_RTによってハードRTOSになるわけではありませんが、ソフトおよびファームのリアルタイム要件の多くを満たす汎用OSとなります。実際、PREEMPT_RTを使用したリアルタイムLinuxシステムは、低いレイテンシによって幅広い産業電気通信車載アプリケーションに対応します。専用のRTOS環境やハードウェアは不要です。

ここまでで基本はご理解いただけたと思います。次に、産業界におけるリアルタイムOSの例と用途をご紹介しましょう。

産業界におけるリアルタイムOSの用途は?

産業オートメーションシステムに利用する、通信業界で超低レイテンシを確保する、医療や輸送の分野で人命に関わるシステムを実装するなど、リアルタイム対応OSは、あらゆるリアルタイムハードウェア/ソフトウェアスタックの重要な要素です。このようなOSは、エネルギー、石油とガス、製造、自動車、航空、医療システムなど、幅広い業界における厳しいタイミング制約や応答速度を満たすよう設計されています。精度、信頼性、瞬時の決定が重要な分野には、リアルタイムコンピューティングが欠かせません。

近年、正確なタイミングを必要とするワークロードが増加しています。リアルタイム処理の使い方は業界によってさまざまですが、具体的な例をいくつかご紹介しましょう。

製造

近年の製造や工程制御の環境では、リアルタイムOSと産業用PC(IPC)を併用して、またはリアルタイムOSを産業用PCに組み込んで、従来は専用ハードウェアを必要としていたタスクを処理することが増えています。従来、人間と機械のやり取りを助けるヒューマンマシンインターフェイス(HMI)、SCADAのフロントエンド、データ収集など、時間が重視されないワークロードにはIPCが用いられ、リアルタイム制御には専用のプログラマブルロジックコントローラ(PLC)や組み込みコントローラが使用されていました。汎用OSでは確定的なスケジューリングに対応できないため、直接的な機械制御や工程制御におけるIPCの役割は限られていたのです。

PREEMPT_RTパッチセットにより、Linuxのレイテンシに上限が付き、タスクスケジューリングが確定的となるため、IPCでリアルタイム制約を満たすことが可能になります。このため、HMI、分析、制御機能を高性能でリアルタイムに対応するIPCプラットフォーム1つにまとめ、ワークロードを統合する方向へと転換が加速しました。工場では、確定的な動作と低レイテンシのリアルタイム応答が必須です。PLC、CNCコントローラ、欠陥を検出する画像システムでは、一般に1ミリ秒未満の固定された時間内にデータの交換や処理を行い、システムの安定性と製品品質を確保する必要があります。時間をオーバーすれば生産ラインの停止、機器の故障、安全性の低下につながりかねません。

従来、産業用制御ネットワークは、PROFIBUSやModbus RTUなどの独自のフィールドバスプロトコルと、隔離された専用設計のトポロジーを採用していました。このようなシステムではタイミングが予測可能となりますが、相互運用性が低く、高いレベルでのデータ統合が困難でした。このため最近では、確定的なネットワーク処理とリアルタイムOSのサポートの両方を要するイーサネットベースのTSN(Time-Sensitive Networking)プロトコルへの移行が進んでいます。

リアルタイムLinuxは、レガシーの閉じたフィールドバスシステムと、現代のオープンなIT統合型アーキテクチャの溝を埋めます。これにより産業システムでもオープンソースソフトウェアや標準ハードウェアを活用し、なおかつ厳しいタイミング要件を満たすことができます。特にリアルタイムUbuntu 22.04 LTSは、Itel Atom、Itel CoreプロセッサでIEEE 802.1 TSNに対応しています。TSNの基盤となるのは高精度の時刻同期です。これにより、センサー、アクチュエータ、コントローラなど、ネットワーク上のすべてのデバイスがマイクロ秒未満の精度で共通の時間認識を共有できます。また、時間を認識したトラフィックシェーピングにより、制御や自動化のフレームがスケジュールどおりの間隔で送信されます。ジッタは回避され、フレームはレイテンシの制限内での到達が保証されます。さらにTSNは、フォールトトレランスを目的としたフレームの複製と破棄、正しく動作しないデバイスの隔離やそのようなデバイスからの保護などにより、信頼性を高め、ネットワークの完全性を維持します。そのうえ、多くはソフトウェア定義型ネットワーク(SDN)の原則を活用し、複雑な産業環境における導入と再構成を効率化するため、デバイスとアプリケーションの自動構成をサポートします。

電気通信

電気通信の分野では、サービスの質とインフラの信頼性のどちらにとっても、超低レイテンシ、予測可能なパフォーマンス、リアルタイムデータの安全な取り扱いが不可欠です。4Gと5Gでは仮想化無線アクセスネットワーク(vRAN)アーキテクチャへの移行により、ハードウェアとネットワーク機能が切り離され、拡張性、柔軟性、リソースの利用効率が向上しました。従来のRANでは、専用ハードウェアを使用したベースバンド処理で確定的なパフォーマンスを提供しますが、仮想化ソリューションほどの柔軟性はありません。vRANとリアルタイム対応のLinuxカーネルを組み合わせれば、通信事業者は市販ハードウェアでも確定的なスケジューリングと制限内のレイテンシが得られ、コスト効率と性能に優れた環境を実現できます。

OpenRANは、オープンインターフェイスとベンダーを問わないエコシステムにより、この移行をさらに促進します。仮想化されたOpenRAN環境なら、リアルタイムLinuxにより、L1(レイヤー1)のベースバンド処理やフロントホールのスケジューリングなどの時間重視の機能が数十マイクロ秒単位の厳しいレイテンシ要件を満たします。この機能は、スケジューリングやシンボル処理の時間的制約が極めて厳しい5Gワークロードにとって重要です。

通信事業者向けの製品のうち、IntelのFlexRANリファレンスソフトウェアスタックは、Xeonプロセッサとアクセラレーション技術に最適化したクラウドネイティブvRANの良い例です。

リアルタイムUbuntu 22.04 LTSでFlexRANを実行すれば、アップストリームのKubernetesと自動化フレームワークを、通信ワークロード用に最適化した最新のリアルタイムカーネルと組み合わせ、さらなる性能向上が得られます。これにより通信サービスプロバイダーは、キャリアグレードの環境に必要な確定的な性能を維持しながら、オープンソースのツールで最新のRANを構築できます。

自動車

近年の車載システムでは、確定的なリアルタイム性能とフル機能のオペレーティングシステムが持つ柔軟性の両方が求められる傾向にあります。リアルタイム要件は幅広い分野に存在します。ブレーキやステアリングのシステムにおける安全最優先の制御ループ、V2X(Vehicle-to-Everything)ネットワークにおけるレイテンシ重視の通信、協調の取れたトラックの隊列走行や鉄道の運行制御などです。このような場合、処理時間のオーバーはパフォーマンスの低下、さらには人命の危険にもつながります。

従来、このようなハードリアルタイム制約を満たすため、専用のRTOSが電子制御ユニット(ECU)の小型で確定的なカーネルとして使用されてきました。RTOSは、安全認証を受けたディープエンベデッドのワークロードにおいて依然として最適な選択肢です。ブレーキバイワイヤシステム、エンジン制御、エアバッグなどでは、マイクロ秒レベルの応答時間や確定的な割り込み処理が必須だからです。

しかし、ソフトウェア定義型自動車(SDV)への移行により、混合ワークロードを実行できる高性能のドメインコントローラへの機能統合が進んでいます。たとえば中央演算処理ユニットは、時間制約の厳しい制御アプリケーションに加え、ADAS(先進運転支援システム)の認識スタック、インフォテインメント、接続サービス、さらにはネットワークを利用したOTA更新のフレームワークまで実行することがあります。このような用途で、リアルタイム対応の汎用OSは、一部の制御機能に必要な確定性を提供するとともに、豊富なアプリケーションエコシステム、コンテナ化されたワークロード、高度なネットワーキングスタック、標準的なソフトウェア開発ツールチェーンにも対応します。OEMメーカーやティア1サプライヤーは、リアルタイムLinuxとKubernetesのようなコンテナ化のプラットフォームを併用することで、車の寿命が終わるまでソフトウェアの更新、拡張、セキュリティを提供できます。これは、RTOSのみを用いた従来のアーキテクチャでは難しいことです。

自動車業界を幅広く見ると、リアルタイムLinuxは、確定的なタスクを妨げることなくマルチメディア、経路案内、音声制御を統合することで、インフォテインメントやHMIにも採用されています。車両自体では、リアルタイムOSによってECUでセンサーフュージョンや意思決定が可能となり、ECUとクラウドサービスの連携によって予知保全やフリート最適化も実現します。同様にV2X通信は、IEEE 802.11pや5G C-V2Xに適合したメッセージ処理を、衝突回避や交通調整の厳しいレイテンシ制約内でサポートします。車両の外の用途としては、Linuxベースの集中制御システムを鉄道や車の管制業務に使用した場合、信号やルートの調整ロジックに確定的なスケジューリングを活用できます。

Canonicalは、調整済みのPREEMPT_RTカーネルを搭載した長期サポート付きのLinuxディストリビューションとして、リアルタイムUbuntuを提供しています。これによりメーカー各社は、1つのプラットフォームで安全性、性能、革新性に対応するSDVを提供できます。

車載リアルタイムLinuxに関するウェビナー

リアルタイムLinuxを使うには

PREEMPT_RTがメインラインのLinuxに組み込まれたからと言って、機器メーカーがすぐに生産に導入できるわけではありません。

リアルタイム対応OSの選択におけるプロのサポートは、しばしば軽視されます。開発者は、継続的な脆弱性や頻繁な攻撃を考慮し、コミュニティが維持管理するオープンソースプロジェクトに依存する際のリスクに留意する必要があります。脆弱性の調査は必須ですが、個人のコントリビューターに全面的に頼ることは禁物です。信頼性の高い、十分にテスト済みのセキュリティ更新を確保しましょう。

機器メーカー、通信事業者、その他の企業が独自のリアルタイムOSを維持するには、社内に高度な専門知識が必要であり、製品のライフサイクルが長い場合はさらに困難が多くなります。不具合を含む更新はシステムの安定性を損なうため、商用プロバイダーとサービスレベル契約を結ぶほうが安全です。

たとえばリアルタイムUbuntuは、10年以上にわたってセキュリティメンテナンスとサポートを提供する実運用グレードのディストリビューションです。Canonicalのエンジニアリングチームが、Ubuntuのすべてのカーネルとバリアントを管理し、LinuxカーネルのCVEに関しては重要なパッチの適用とテストを綿密に行います。このような慎重な設計、熟練したメンテナンス、幅広い運用経験があってこそ、高い信頼性が保証されるからです。

最先端のパフォーマンスを多様な用途や業種で活用できるよう、リアルタイムUbuntuは入念に設計されています。しかもうれしいことに、リアルタイムUbuntuはわずかな手順でワークステーションで実行できます。

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